2016年09月18日

「TAKE OFF」〜向きを変えて〜



御言葉:2コリント3:16-18
9月21日 聖日礼拝 峯口 勝利 伝道師

メッセージ要約は後日アップ致します。3大祭-01.jpg

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2016年09月11日

「神様の平安の中に生きる」



御言葉:イザヤ46:3-4
9月11日 シルバーサンデー 安富ふく子師

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聖書の十戒は世界の法律のもとになったとも言われています。神様の私達に対する十の命令ですが、神様に対するものと人間に対するものがあります。十戒の最初の人間に対する戒律は、「あなたの父と母を敬え」です。それは、あなたの齢が長くなるためであると書かれています。箴言には「父の命令を守れ。母の教えを捨てるな」(箴6:20-23)「父母を喜ばせ、母を楽しませよ」(6:25)とあります。新約聖書には「世の終わりには不法がはびこり、親に逆らう者や恩を知らぬ者が出てくる」と書かれています。また「やもめに子供か孫がいるなら、自分の家の者に敬愛を示し、親の恩に報いる習慣を付けさせなさい。それが神に喜ばれることです」(1テモ5:4)とあります。今の時代は、子を愛さない親、親を愛さない子がいて悲しいニュースがたくさんあります。親は自分の事以上に子供の幸せを願って育てます。しかし、子供が親元を離れる時にその成長を喜ぶと共に寂しい気持ちになり、子供中心に生きてきた事を思い知らされたりします。子供がいてもいなくても、私達は普段あまりにも多くのものに依存しながら生きている事に気づかされる時があります。依存していたものを失った時に人生の喜びさえも失ってしまいそうになる事があります。シニアにはシニアの悩みがあります。
シルバーになると、さらに体の老化の悩みがあります。聖書には「白髪の老人の前では起立しなければならない」と書かれています。人生の痛みや苦しみを乗り越えてこられた方達に敬意を払いましょう。自分の力で頑張ってきたと思われる方もいらっしゃるでしょう。しかし、苦しみの時に、神様が支えてくださっていたということを思い出して頂きたいのです。

「胎内にいる時から担われており、生まれる前から運ばれた者よ、あなたが年をとってもわたしはあなたを同じようにする。あなたが白髪となってもわたしは背負う」(イザ46:3-4)
私達が白髪となっても背負い続けてくださる神様がいらっしゃるのです。年を取ってくると、心細くなってきます。幸せの絶頂から、崖っぷちに落とされるような事が起こる事もあります。神を無視し自分の考えで自己中心に生きてきた事を思い知らされるときもあります。ついに「神様助けて」と叫ぶ時、神様は「あなたを待っていた」としっかりと抱きしめてくださるのです。キリスト教でいう罪は神を神と認めないことが一番の罪でそこから罪がはびこってきています。人間の霊の部分は神様だけが満たすことができるのです。そこを私たちは色んなもので埋めて紛らわそうとします。私達の罪はイエス様が十字架で贖ってくださいました。私達にはこの地上を去り、神様の前に立たなければならない時が来ます。
「わたしはあなたがたに平安を与えます。世が与える平安とは違います。心を騒がしてはなりません」(ヨハ14:27)とイエス様は言われました。世が与える平安というのは世の中が安定していればとか、健康であればとか、という条件付きです。それは一瞬にして崩れることもあります。世が変わっても、環境が変わっても神様の真実、愛は変わることがありません。「み教えを愛する者たちには豊かな平安があり、彼らをつまずかせるものはありません」(詩119:165)「志の堅固な者をあなたは全き平安のうちに守られます。その人があなたに信頼しているからです」(イザ26:3-4)
最後まで手をとって平安をくださり導いてくださる真実なる神様に従って参りましょう。
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2016年09月04日

「キリストの証人となる喜び」



日時:2016年9月4日 聖日礼拝
聖句:ルカLuk.24:44-53、2コリCor.4:1-18

フィリピン宣教旅行で、マルコ先生より祈り 会と礼拝の恵みを運んでほしいと要望され、 導かせていただきました。「これこそ私たちに 必要なものです。」とマルコ先生御夫妻、現 地スタッフの方々と涙ながらに主の臨在の中 で礼拝し、ともに一時を過ごさせて頂きまし た。また、日本チームとサマリタンズプレイス のスタッフの方が証をし、素晴らしいものであ りました。人生がつくり変えられたという証に 励まされました。子供たちの証も素晴らしく、 彼らの瞳は主に受け入れられているという祝 福にあふれていました。マリリン先生は、サマリタンズプレイス以外の子供にも目を向け、 月2回のキッズタイムを地域の子供たちへの ミニストリーとして始められましたが、その子 供たちの証も主の恵みにあふれていました。 マルコ先生に孤児院建設のヴィジョンを与え られた神様は、現在国際養子縁組の出来る 孤児院としても用いられています。私たちも 主の恵みの証人となるということを御言葉を 通してともに学んでいきましょう。

マルコ24:48 法的な証人とは二人以上が 必要であり、真実を伝えなければなりませ ん。新約聖書による証人<ギ>マルテュス (目撃者)は
1キリストの十字架と復活の目撃者
2キリストの福音の為に殉教した人、とさ れています。何故そのようなことができるのでしょう?

1.ルカの福音書は最初から最後まで「福音の喜び」を教えている
(ルカ1:19,47、2:10、15:7,10,32)
彼らは非常な喜びを抱いていた 24:52
神様は私たちの人生にも素晴らしい終わり を用意してくださっています。「義人の道は曙 の光のようだ。いよいよ輝きをまして真昼の光と なる」と言ってくださっているのです。ルカ1章 では、天使ガブリエルが喜びをもたらす為、祭 司ザカリヤの元に来られ、24章では、喜びが 来ましたとしめくくられています。使徒たちはい つも宮にいて神をほめたたえていました。「迷 い出た一匹の子羊」「放蕩息子」のストーリー は私たちにとっても喜びを与えてくれます。

2.福音の中心は「キリストの十字架と復活に よる罪の赦し」である
(ルカ4:16-21、2コリ15:1-11)
罪の赦しを得させる悔い改め 24:47
罪の赦しを得させる悔い改めこそ私たち に本当の喜びをもたらします。これ以上の喜 びはありません。この恵みと憐みの土台の上 に今日も生かされて歩むことができるので す。そして、イエス様は私たち一人ひとりを束 縛から解放してくださるのです。(ルカ23:34)

3.聖霊によって「心開かれ聖書を悟る」とき、 喜びに溢れたキリストの証人となる
(使1:8、2コリ4:1-18)
聖書を悟らせる為、彼らの心を開いた24:45
イエス様は、私たちに聖書全巻がイエス・ キリストである事を悟ってほしいと願っておら れます。女の人たち、エマオの途上の二人、 すべての弟子たちに現れ、聖書全巻を解き 明かされたイエス様はこの恵みを今も私たち に対しても注いでくださっています。十字架 のイエス様を見上げましょう。
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